●野沢菜の歴史

健命寺 「寺種」と呼ばれる、野沢菜の原種を栽培している健命寺。この寺に野沢菜の由来が伝わっています。京都に遊学した八代目住職が宝暦6年(1756年)に野沢に持ち帰った天王寺蕪が野沢菜の始まりなのだそうです。

天王寺蕪とは、大阪市が原産の扁平な蕪で、皮、実共に白く、千枚漬にできるほど大型です。それが野沢の雪深い気候で変化したものが野沢菜なのです。

今でも、畑から抜いた野沢菜には根元に蕪がついていますし、日当たりと風通しの良いところで育てると、もとの性質が出てくるのか、蕪の部分がずいぶん大きくなります。今日では主役を茎と葉にゆずっていますが、この蕪の部分も、もちろん粕漬けや糠漬けにして食べられます。
野沢菜の種 お土産に
植物分類学上から言えば、野沢菜は白菜などと同じ十字科植物で、同科の他の植物と非常に交配しやすい性質を持っています。それにもかかわらず、「野沢温泉の野沢菜」という品種が定着したのは、周囲を山に囲まれた小盆地の中にあるという地形と、一年のうち数ヶ月を雪に閉ざされる気象条件が理由でしょう。

明治ごろは、野沢に来る湯治客の分布と野沢菜の栽培圏がほぼ一致していたといいます。湯治に来て野沢菜漬を食べた人たちが、これはおいしいと感心し、お土産に種を持って帰ったからです。野沢菜が全国で栽培されるようになった今、野沢温泉を訪れるお客様も全国各地からおいでです。これはお土産の種のせいではないでしょうけれど、面白い一致があるものです。

野沢菜の味
野沢菜の四季
野沢菜の漬け方



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